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2010年1月 9日 (土)

おーちまんと仲良くしてるかな?

おーちまんと同じ所に、最後のお別れに行ってきました。

 

その前に、実家へ寄り、母と会い、その後、太田川へ寄りました。

 

 

川の匂いがしたかな?

 

 

 

 

我次郎を迎えに行ったとき、後ろの席で我次郎を抱っこして連れて帰りました。

 

 

今日は、後ろの席で、抱っこは出来なかったけど、ずっと手をつないでいました。

 

 

我次郎、肉球はぷにぷにで、手や足の関節も普通に曲がり、体も柔らかくて、冷たいだけでまるで眠っているようでした。

 

 

 

寝ているだけなんじゃないの???

 

 

 

点火の際には、「焼かんといて!焼かんといて!」と心の中で叫び続けていました。

 

口から飛び出さないよう、歯をかみしめていました。

 

 

 

でも、まだ、我次郎がいなくなったことが信じられないいうか、実感がないというか。

 

これからどんどん寂しくなるんでしょうね。

 

 

 

    

 

あの子は私にとって、特別な子でした。

 

子供が欲しくて欲しくて、でもできなくて。

 

長く辛く苦しい不妊治療にピリオドを打てたのは我次郎のおかげでした。

 

まさに、我次郎は私の子供でした。

 

 

 

 

 

父の闘病中、自営のため母は仕事をしなければいけなくて、私が毎日実家へ我次郎と通っていました。

 

入院期間は私も泊りこんだのでお散歩もままならなくなり、訓練所に出しましたが、面会に行くのが楽しみでした。

 

我次郎が私の癒しでした。

 

我次郎がいたから精神的に辛い介護も(父を一人で逝かすのが可哀想で、一緒に死のうとまで思ったこともありました)、父の死も乗り越えられました。

 

 

 

 

14歳。

 

14年前。

 

私は28歳でした。

 

20代、30代、40代を一緒に過ごしました。

 

 

 

   

 

良い子でした。

 

会話の出来る子でした。

 

もったりした短いお鼻が大好きでした。

 

つるっとしたまーるい頭が大好きでした。

 

キラキラした大きな目が大好きでした。

 

優しい目が大好きでした。

 

優しい性格が大好きでした。

 

   

 

 

可愛くて可愛くて、愛しくて愛しくて。

 

 

 

 

父の死も、おーちまんの死も、我次郎がいたからこそ乗り越えられました。

 

我次郎の死は・・・・・でんでんじゃ役不足だな~。^_^;

 

 

 

 

    

 

一目でわかるよう、おーちまんより一周り小さい骨つぼにしようと思っていましたが。

 

 

 

    

 

間違えて

 

 

 

 

二周り大きい骨つぼに。笑

 

 

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なんかバランスがsweat01

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

今日も沢山のお友達が最後のお別れに来てくださいました。

 

本当にありがとうございました。

 

  

縁をつないでくれた我次郎に感謝するばかりです。

 

 

 

 

  

 

 

  

   

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