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2010年2月25日 (木)

四十九日です。

今日は我次郎の四十九日です。

 

 

私には、もう四十九日、ではなく、まだ四十九日、です。

 

 

我次郎が生きていたことが、なんだか、遠い昔のような気がします。

 

 

それはかわい子ちゃんも同じ気持ちなのだそうです。

 

 

おーちまんの時はそんな風に思わなかったような気がするんですが。

 

 

そう思うことが自分でもとても不思議で、薄情なんじゃないかとも思えたり。。。

 

 

 

   

 

9歳?10歳?我次郎が年を取ってからはほとんどお留守番をさせないように生活していました。

 

 

おーちまんが病気になり、完全に引きこもりましたが、おーちまんが亡くなっても我次郎中心の生活なので、変わらず引きこもり生活をしていました。

 

 

が、我次郎が亡くなり、急に自由に動けるように。

 

 

お友達と遊びに行ったり、母とお出かけしたり、時間を気にせず出歩けるようになりました。

 

 

生活が大きく変わった事が、昔の事のように思える原因なのかもしれません。

 

 

 

 

まだまだ若いでん次郎、お留守番だって、長距離のドライブだってバッチ来い!です。

 

 

今のうちに、したいことをして、でんともドライブや旅行を楽しみたいです。 

 

 

 

 

 

   

 

さて、四十九日とはなんぞや?調べてみました。

 

 

簡単に言うと。

 

初七日で三途の川のほとりに到着

 

五七日(いつなのか)で閻魔大王の裁きを受け

 

四十九日で次に生まれ変わる世界が決定する

 

らしい。

 

  

  

 

でも浄土真宗(ウチ)だと、亡くなってすぐ仏様になるんですけどね。

 

 

昔、ウチのお寺さんに「他宗教のように、お盆にはナスにつまようじ的なものを用意しなくて良いのか」聞いたことがあるんですが。

 

 

「お盆に帰って来られるわけではなく、故人は仏様になり、いつでもお傍にいらっしゃいます。」

 

と仰っていました。

 

 

 

 

 

じゃあ、お墓参りに行く意味はないんじゃね?と思ったことはナイショです。^_^;

 

 

 

   

 

正確に言うと、ウチは浄土真宗安芸門徒なんですが。

 

 

叔父の初七日に、叔父さん家に行った時の話です。(初七日の法要はお葬式後すぐにしたのですが、ちゃんと七日後にはお寺さん来られました)

 

 

叔母さん、一階のリビングにお骨を置いて飾り付けていたのですが、今回新しく用意した仏壇(入仏式はすんでます)は二階にありました。

 

 

お寺さん来られまして、「お骨にお参りするのでない。もう仏様になっておられるのだから。」と、お骨はリビングに置き去りにし、二階のお仏壇前にて初七日の法要をしました。

 

 

お仏壇の中にある仏様(叔母さん家は紙でした。って、入仏式がすんでるから仏様であって、紙なんて言っちゃイケナイんだろうけど)にお参りするのだそうです。

 

 

遺族としては、お骨を放ったらかしにして、仏壇におがむっていうのはなんだかしっくりきませんでした。

 

 

忘れられないエピソードですが、つまり、亡くなるとすぐに仏様になるわけです。

 

 

 

 

私的には、お墓参りも、法要も、お線香あげるのも、残された者のためだと思っています。

 

もうそれぐらいしかしてあげれる事がないんですものね。

 

せっせせっせと毎日何度もお線香あげてます。^_^;

 

 

 

 

 

きっと目線の先にはうまうま。(*^_^*)

 

そしてこの写真を撮影したのはいつものあの人。m(__)m

 

 

Pic_0424

 

 

 

  

 

 

 

 

  

 

あー、宗教のことを書くと色々な意味で気を遣いますね。^_^;

 

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